11.3 人類発生 ホモ・サピエンスまで

ユヴァル・ノア・ハラりのサピエンス全史より

約7万年前、ホモ・サピエンスという種に属する生物が文化を形成し始めました。
これが、人類歴史の始まりとなります。
人類は歴史が始まるはるか以前から存在していた。
現生人類と非常によく似た動物が初めて姿を現したのは約250万年前のことでした。
だが、数えきれない世代交代によって、彼らは生息環境をともにする多種多様の
生き物の中で 吐出することはなかった。
彼らの太古からの人類も、ゴリラやチンパンジーやサルのように 愛し、遊び、
固い友情を持って 地位や権力を求め競い合っていた。
彼らは、環境に影響を与えることは微々たるもので、殆どなかった。
この人種は、東アフリカで姿を現したアウストラロピテクスという猿人であった。

約200万年前、この太古の一部が故郷をはなれ、気候の比較的温暖な北アフリカ
ヨーロッパ、アジアの広い地域に拡がり住みついていった。
そして、さらに範囲を拡げヨーロッパ北部の寒冷地域で 又、インドネシアのような
暑い地域で、生き残るため、それぞれの土地で進化していった 。
ヨーロッパとアジア西部の人類は、一般的にはネアンデールタール人と呼ばれている。
インドネシアのジャワ島地域の人類は、ジャワ原人と呼ばれている。
古代の人類が、ジャワ島やフローレンス島に到達したころは、海水面が非常に
低かった為、島から島へは容易に渡れた。
その後、海面が上昇すると、各島々に取り残される形になってしまった。
彼らは、石器を作ることができたので、それで各島々で生き延びた。
ほかにも世界各地にいたが、それぞれの地域で、それぞれに進化していった。
シベリアのデニソワ人、ルドルク湖辺りに住んでいたホモ・ルドルフェンシス、
ホモ・エルガステル そして、ホモ・サピエンスなど多数の人種が育っていた。
これらの人種は、大柄なものもいれば、小柄なものもいた。
恐ろしい人種もいれば、温和な人種もいた。これらは、すべて人間でした。
これらの人種は、約200万年前から1万年前頃まで、全世界に生きていた。
これらの人類に共通する特徴は、巨大な脳を持っていて、他の動物とはかけ
離れていた。
なぜ、このように脳が大きくなったのかはわからないが、そのため 
この部分をささえる為に背骨、脊髄等が発達した。
その代償として、腰痛と肩こりに苦しむことになった。
又、直立二足歩行になった為、腕が自由になり 手を使って 石を投げたり、
合図を送ったりもできた。
手を使って色々なことができるようになればなるほど、進化が進み 非常に
複雑な作業もこなせる様になっていった。
そして 道具の作成・使用ができるようになった。
女性にはさらに代償が大きかった。
直立二足歩行をするには腰回りを細める必要があったので産道が狭くなって
しまった。
その結果 早期の出産になり、他の動物と比較しても、生命の維持に必要な
システムの多くが未発達の状態で生まれてくることになってしまった。
子馬は生まれて間もなく駆け回る。
子猫は数週間で母親のもとを離れ単独で食べ物を探し回る。
しかし、人類の子は自分では何もできず、何年にも渡って母親らに育てられ
保護・教育が必要である。
人間が子供を育てるには、家族や周りの仲間の力を必要とした。
今現在の我々と全く同じである。
従って、進化は 強い社会的絆を結べる者を大切にした。
私たちは、大きな脳、道具の使用、優れた学習能力などを 大きな強みだと
思い込んでいるが、200万年前から100万年前に生きていた人類は、
鋭くとがった石器しか使用していなかったが、たえず獰猛な動物に恐れて
暮らしていた。
大きな獲物を狩ることは稀で、主に植物や果実を取り、昆虫を捕まえ、
時には小さな動物を取り 他のもっと獰猛な肉食獣が残した死肉や、
骨の骨髄等を食べていた。
このころは、人類は食物連鎖の中ほどに位置していた。
40万年前頃になって、ようやく人類のいくつかの人種が日常的に
大きな獲物を狩り始めた。 ホモ・サピエンスの台頭に伴い、
10万年前頃に初めて人類は食物連鎖の頂点へと昇っていった。