2.一の手

一の家の東側には川が流れていました。
そこにも、色々な魚が泳いできていました。
その川に降りていく階段の下には
母や祖母が、簡単な水洗いができる川戸(かわど)がありました。
そこは、他の所より川底が少し深くなっている為、より魚が
集まって泳いでいました。
人が来るとどこかへ逃げたりしますが、又、すぐ戻ってきます。
また、そういう所には少し川横に奥深い穴があって、そこへも
隠れていることもあった。
ある時期になると、その川も水が少なくなることがありました。
そういった時、一は「探検だ」と言って、ゴム草履をはいて、
上流、下流、水の中をバシャバシャと歩いていました。
70~80mぐらい上流にいくと、
右側はたんぼですが、左側にはうっそうとした竹藪が
約70~80mぐらい続いて生い茂っていた。
竹藪の所は、何か怖い物が出そうな感じがしましたが、
昼間はそんなに怖くなかった。

一が、初めて魚を捕まえてバケツに入れ家に
持ち帰った時の事です。
母から、
「一、その魚どうするの?
 そのままだとみんな死んじゃうよ。
 一がそれを全部食べるのならいいけど。
 そうでないなら、川に逃がしてやりなさい。
 その魚たちの命は、すべて、一の手に
 かかっているのだよ。」
と言われ、一は 困ってしまいました。
そして、一はバケツの中の魚たちを見ました。
もう死にそうな魚、口をアプアプしている魚
水の下の方にいる元気そうな魚、色々いました。
暫くして、一は、階段を下りて、川戸まで行き、
バケツの中の魚たちを、そーと川に逃がしてやりました。
すると、どうでしょう。
魚たちは、めいめいに元気よく泳いで行きました。
それを見て、一は、魚たちからなんか元気をもらったようで、
心がほんのり温かく、軽くなりました。
それを見ていた母は
「一、今いいことしたね!
 一にはこれから色々な事があると思うけど
 それは、すべて一のその手にかかっているのだよ。」
と言われた。
その時、一は母が言っている意味がよくわからなかった。
その後、他の友達たちは、捕まえた魚を、
家に持って行ったりしていたが、
一は、そのように捕まえた魚は
いつも、堰き止めた上流側に逃がしてやった。
そして、その魚たちがすごい勢いで上流の方へ泳いで
いくのを見るのが、なぜかうれしかったのでした。