10:新たな夢に向かって

一は、夢の中でなら、由紀ちゃんに会えると思っていると
春の暖かい日差しの中で、夢から覚めた。
一旦、帰郷してたんぼの中の小屋の前でうたた寝を
してしまったのでした。
あーあ、俺は知らないうちに寝てしまったのか、
と思いながら、遠くの景色をぼんやり眺めていました。
すると、レンゲ畑の上で空高く、ひばりが
「ぴーよ、ぴよ。ぴーよ、ぴよ。」
と、まだ、鳴いていました。
すると、少し強い南風が吹いてきて、
レンゲ畑から暖かい春の香りも一緒に漂ってきました。
まるで、その暖かい南風が、一のこれからの旅立ちを
祝福してくれているようでした。
そして、一は、自分の手を見つめながら、
これから始まる新しい大学生活に
新たな夢と希望を抱いていたのでした。
すると、昔の母とのやり取りを思いだしていました。
一が魚を取って帰ってきた時、母から
「その魚どうするの?
そのバケツの中の魚たちは、一の手にかかっているのだよ。」
と言われ、一は考え迷った挙句、魚たちを川に逃がしてやり、
それを見ていた母が、
「一、いいことしたね。」
と言われたことがあって、それから、一は色々な動物たちを
助けたり、逃がしたりしていたことを思い出していました。
そして、一は、母が言っていた意味が、
今、本当に分かったような気がした。
これから始まる新しい大学生活、今までとは全く違った場所で、
又、全く知らない友達、先生、人、環境の中で、
自分で考え、行動していかなくてはいけない。
それも、すべて、自分のこの手にかかっているという事を。
また、たんぼを見ていると、そこには南へのびる一本のあぜ道が
目に入ってきた。
ふいに、高村幸太郎の「道程」の中の有名な言葉が頭の中に浮かんだ。

ぼくの前には道はない
ぼくの後には道はできる

一は、これからの自分の道は前途多難かもしれない。
あのひばりのように、空高くは飛べない。
だけど、自分のできる範囲で、これからの自分の道を
歩んでいこうと誓うのでした。