8:きれいな先生(前半)
僕は3年生になりました。
もうねえちゃんは中学生になり、毎日自転車に乗って中学校に行きます。
僕は、3年生になっても、じいちゃんとの約束を守り、
1~2週間に1回ぐらいの割合で、たんぼの水路飛びをしていますが、
水路の位置も変わってきて、大分先になってきています。
今の水路幅は、1.5mぐらいあります。
でも、一番先の所は、もっと幅があり、約3mぐらいあります。
なので、まだまだ、頑張らないとと思って練習しています。
今度の先生は、女の先生で、野田先生という人です。
若くて、とても、きれいな先生です。
又、1・2年担任だった山田先生は、今年新しく1年生になる
子たちの担任になりました。
僕は、最初野田先生とはどう話していいかわかりませんでした。
朝の出席確認の時に、「はーい」と言うだけで、
授業中も、ただ、静かに聞いているだけです。
どちらにしても、あまり目立たない僕でしたので、
それでよかったのでした。
体育は、国語や算数よりなぜか好きでしたが、
クラスの中では、パッとしませんでした。
しかし、何回目かの体育授業の時、野田先生が、
「今日は、みなさんの体力がどれくらいあるのか、
先生、知りたいので、走り競争と走り幅跳びをやりましょう。」
と、言いだしました。
先生は、次のようにやり方を説明してくれました。
走り競争は、男子・女子に分かれ、5・6人グループになり
30mぐらいを走ります。
その後、早かった1・2番の子だけでもう一度走ります。
又、走り幅跳びは、出席順に飛んで距離を測ります。
最初の1回目は、練習で飛んで、2回目、3回目が本番です。
先生は、飛ぶ時の踏切りの足をしっかりして飛ぶようにと、
みんなに説明してくれました。
そして、先生は、幅跳びの見本をみんなに見せてくれました。
僕は、幅跳びと言うものを初めて見たのですが、
先生は、すごくきれいに、又、軽く飛んで見せてくれて、
すごく感動しました。
そして、走り競争から始まりました。
僕の走り競争は、やはり2度走ることはありませんでした。
走り幅跳びは、練習の時、先生に言われたことを思い出し
踏切でしっかり、地面を蹴って飛ぶことを意識して軽く飛び
本番、2回飛びました。
すると、なんと、走り幅跳びは、ぼくが男の中で1番でした。
野田先生は、この子は何でこんなに飛ぶのか不思議そうに
僕を見ていました。
僕も、先生の言う事を聞いて、一生懸命飛んだだけなので、
クラスで、1番飛んだことにはびっくりでした。
自分には、その理由がわかりません。
その後、先生が、
「小田君、先生と相撲取ろうか?」
と、言ってきたので、僕はびっくり。
僕は、
「えー先生と相撲取っていいの?」
と聞くと、先生は、
「うん、いいよ、取ろう。
先生は小田君の力をみたいから。」
と言うのでした。
そして、近くの鉄棒がある広い砂場に移動してやることになりました。
僕は、かあちゃんやねえちゃんとたまに相撲とっていたので、
先生には、何とかなる。
僕は、よーし先生なんかに負けないように
思いっきりやろうと思って、構えに入りました。
周りで見ている子たちも、僕と先生を応援してくれてました。
先生が、
「はっけよーい、のこった。」
という合図で、僕は先生に思いっきりぶつかっていきました。
すると、どうでしょう。
先生の体は、かあちゃんやねえちゃんとは全く違う感覚でした。
ぶつかった瞬間、何か柔らかい布団にぶつかっているみたいで、
僕の力が吸収されているような感覚と
かあちゃんには無い、いい匂いがした。
僕は、一生懸命押すが、先生には全く通用しません。
そして、少ししてから、僕の体は先生に簡単にくるーと回されて
亀を裏返すように、砂の上にあおむけになってしまいました。
僕は、もう一度と言ってやりましたが、結果は同じでした。
全く、歯が立ちません。
でも、先生は、
「小田君、なかなかやるね!バネあるね。」
と言って、褒めてくれました。
僕は、小学校に入ってから、人や先生に
叱られることはあっても、褒められることが全くありませんでした。
ぼくは、天にも昇るようなうれしい気持ちになってしまい、
先生が一気に好きになってしまいました。